研究概要①
「ふつう」と感情
他者と比べて「ふつう」であるということは、人にどのような影響を与えるのでしょうか。
これまでの研究からは、競争的な状況でよい成績を収めるとポジティブな感情が高まるのに対して、周囲と同じ行動をとったり同程度の成績を収めることで「ふつう」認知が高まり、ネガティブな感情が抑えられ、リラックスした状態(安静状態)がもたらされるという一貫した傾向がみられています。回帰分析などを用いた研究においても遂行とポジティブ感情には正の関連がみられ、「ふつう」認知とネガティブ感情には負の関連、「ふつう」認知と安静状態には正の関連がみられることが明らかになっています。
研究パラダイム
私たちの研究グループでは、仮想場面を用いた場面想定法による質問紙実験を多くおこなってきました。ある特定の状況で自他の比較が生じる社会的比較の場面を設定し、周囲の他者がどのような行動をとったかと自分がどのような行動をとったかの組み合わせから生じる感情状態を測定する、というのが基本的な研究パラダイムです。
社会的比較が量的に示される場面では、数値的に高い成績を収めることが社会的に望ましい状況で、周囲の他者の成績と自己の成績が記述されます。これまで仮想場面として使用した社会的比較は、営業員としての商品の販売、アルバイトの作業量、認知能力測定課題の成績、学力テストの成績、学校の文化祭での食品販売、ボーリングのスコア、などがあります。
状況や個人差の影響
これまでに「ふつう」認知と感情状態の関係に影響を与える可能性のあるさまざまな要因について検討してきました。
まず社会的比較が生じる状況がどのようなものであるかという状況の要因について検討がなされています。結果として、その状況で物理的・社会的にどの程度個人に自由な行動が許されているか(状況の拘束力)や、課題が自分にとってどの程度重要か(自我関与)、全員の成績をお互いに知っているか自分だけが知っているか、周囲の他者が親しい人か見知らぬ他人であるか(他者との関係性)といった要因は「ふつう」認知と感情状態の関係にほとんど影響を与えないことが示されています。
一方、個人がどのような属性やパーソナリティ特性をもっているかという個人差の影響についても検討がなされています。まず性別といった属性による大きな違いはないことが示されています。また、パーソナリティ特性としては、自尊心、独自性欲求、成功回避動機、文化的自己観、集団主義傾向、人並み志向・平準化志向、制御焦点といったさまざまな心理変数について検討をおこなってきました。しかし、そのほとんどで個人差要因の影響はみられず、あったとしても個人差要因によって「ふつう」から受ける感情に高低がある(主効果)だけで、「ふつう」認知と感情状態の関係の仕方への影響(交互作用)はみられず、明確な影響は示されていません。
これまでの研究の中で他者からの拒絶を回避し受容を獲得したいという欲求である拒絶感受性だけは、唯一「ふつう」認知と感情状態の関係に影響があることが示唆されています。拒絶感受性は社会的比較のインパクトを増幅するような影響があり、特に拒絶感受性の強い人は他者よりも低い成績であることを「ふつう」でないと捉えやすく、ネガティブ感情が高まりやすい。また、周囲と同程度以上の成績を収めた場合の安心感が強く他者よりも低い成績を収めたときの不安感が強い傾向がみられました。ただし、これらの効果はそこまで大きなものではありませんでした。
この研究は、それまでのパーソナリティ特性の異なる回答者をランダムに各条件に配置する被験者間要因計画(Between Subject Design)ではなく、1人の回答者にすべての条件を提示する被験者内要因計画(Within Subject Design)でおこなわれたことから、その他のパーソナリティ要因についても被験者内要因計画を用いれば個人差要因の影響が見出される可能性もあります。今後、さらなる検討が望まれます。
発達的変化
「ふつう」をめぐる感情は、年齢によって変化するのでしょうか。
元となる研究は大学生を対象としたものでしたが、より年長のデータを取得し、成人期(25~44歳)、中年期(45~64歳)、高齢期(65歳~)に分けて分析をおこないました。その結果、「ふつう」をめぐる感情に大きな変化はなく、よい成績を収めることがポジティブな感情を高めるのに対して、周囲と同程度の成績を収めることで「ふつう」認知が高まり、ネガティブな感情が抑えられ、リラックスした状態(安静状態)がもたらされるという傾向には変化がないことが示されています。高齢になるとその影響がよりはっきりしてくる傾向があり、これが加齢による変化なのかその世代(コホート)の特徴を示すものかはにわかには判断できませんが、生涯を通じて「ふつう」認知と感情の関係性は大きく変わらないことが示されています。
一方、高校生、中学生とより年少のサンプルでも基本的には同じような傾向が示されています。さらに、小学生の高学年、中学年、低学年と年齢が下がっても基本的には同じ傾向が示されています。すなわち、小学校の低学年ではすでに他者と同じであるかどうかが感情に影響することが示されており、高い成績を収めることでポジティブ感情が高まり、周囲と同程度の成績を収めることでネガティブ感情が抑制されました。
では、さらに年少の幼児ではどうなのでしょうか。幼児を対象とした研究では質問紙研究の実施が困難であることから、塗り絵課題を用いた実験研究をおこないました。幼稚園の年長児・年中児を対象として、5人の子どもが描かれ4人の子どもが同じ色の服を着ている塗り絵を提示し、真ん中にいる自分を何色に塗るかということを検討しました。その結果、年中児で周囲と同じ色に塗った子どもは少数でしたが、年長児では約半数が同系色で塗りました。なぜその色で塗ったかという理由についての明確な言語化は困難でしたが、周囲と同じであることを求める傾向は、幼稚園の年中から小学校入学前後に発達するように思われます。(この塗り絵の台紙については本研究グループが権利を有します。非営利の学術研究目的に限り使用を許可します。使用を希望する場合は研究グループのメンバーまでご一報ください。)
国際比較
これまで私たちの研究グループでは、各国の研究者の協力を得ながら10ヶ国(
アメリカ、
パラグアイ、
アルジェリア、
スウェーデン、
カザフスタン、
ネパール、
ミャンマー、
中国、
韓国、
日本)で同じ研究パラダイムを用いてデータを取得してきました。その結果、多くの国で日本と同じような結果がみられています。
上記のうちアメリカ、ミャンマー、アルジェリアを除く7ヶ国のデータを用いた研究では、多母集団同時分析という分析手法を用いて、成績が感情に直接影響を与えるとともに、成績に影響を受けた「ふつう」認知が感情に影響を与えるとするモデルが検証されました。その結果、やはり他者よりも優れた成績を挙げることがポジティブな感情に繋がる一方で、自分の成績を「ふつう」であると認識することがネガティブな感情を抑制するという効果が確認されました。