研究概要②
「ふつう」と分配行動
「ふつう」であるかどうかを基準として他者をどのように認知し行動するかについて、自己の場合と同様に仮想場面を用いた質問紙実験により検討がおこなわれています。
まず、他者よりもよい成績の人は有能であり、他者と同程度の成績の人が「ふつう」であると認識されること、努力をする人はしない人よりもあたたかい人物であると推測され、かつ「ふつう」であると認識されることが示されています。
一方、労働に対して報酬を決定する分配行動を指標とした研究では、周囲と異なる成績(周囲よりも優れた成績あるいは劣った成績)を収めた場合、成績に応じて報酬を増減する公平分配と周囲と同じ報酬を与える平等分配をおこなう人は約半数ずつとなることが示されました。公平分配の選択は課題成績の影響を受けるのに対して、平等分配の選択は「ふつう」認知の影響を受けることが示されています。また、どちらの分配行動が選ばれるかには遂行の原因帰属が関わっており、成績が課題への取り組み方や努力によるものだと考える場合には公平分配が、成績が偶然や運によるものだと考える場合には平等分配がおこなわれやすいことが示されています。
これらの結果から、課題成績や努力の在り方が「ふつう」認知を媒介として平等分配につながる複雑なプロセスが示唆されます。このようなプロセスには個人差要因は大きな影響を与えないことが示されていますが、「ふつう」を媒介とする対人認知や対人感情と対人行動の関連についてはより詳細な検討が望まれます。
実験研究
実験室実験においては「ふつう」に関するプライミング(先行する刺激の提示)をした場合に後続する行動が影響されるかどうかが検討されています。事前に周囲と同じ・変わらないと感じて安心した経験やふつうだと思う出来事を想起してもらう条件と、他者と自分が違うと感じて不安になった経験や自分が周囲から浮いていて嫌だと思った出来事を想起してもらう条件で比較がおこなわれました。
プライミング後に単純作業をおこなう研究では、作業の正確さやユニークさを求める傾向を検討するため、直径10mmの枠内に直径9mmの4色のシールを自由に貼るという課題をおこないました。その結果、「ふつう」をプライミングされた条件では正確な作業量は変わらないものの、不正確な作業量が増加しました。また、平均情報量(H)という指標を用いて使用されたシールのばらつきを検討したところ、貼られたシールの色が偏っていました。これらのことから、「ふつう」がプライミングされると作業の正確さや作業結果の多様性を犠牲にして作業量を求める可能性が示唆されますが、残念ながら統計的に有意な結果ではありませんでした。
一方、プライミング後の創造的思考を測定する研究では、TCT創造性検査(早稲田大学創造性研究会)の下位尺度である4点描画と呼ばれる課題が用いられました。その結果、発想の数自体に違いはありませんでしたが、「ふつう」をプライミングされた条件では創造性の質を分類する4つのカテゴリーのうち上から2番目に創造的であるとされる同態再生(o)と呼ばれるカテゴリーの発想が多くみられました。この結果は「ふつう」がプライミングされると独創的な発想が促進される可能性を示唆するものです。
実際に他者と同じである(多数派)か他者と異なる(少数派)かがどのような心理的インパクトをもつかという観点からおこなった実験研究もあります。この研究では「運動とストレスの関係」というカバーストーリーのもと4人グループで低強度の運動(踏み台昇降)を実施し、3人がオレンジ色のジャンパーを着用し残りの1名だけが緑色のジャンパーを着用するという形で多数派-少数派の操作がおこなわれました。感情状態に関しては、事前のベースライン測定と比較して多数派では否定的感情が低下し少数派では安静状態が低下していました。また生理的指標に関しては、多数派においても少数派においても血圧・脈拍ともにほとんど変化はありませんでした。しかし、少数派においてはタイムラグや個人差はあったものの、脈拍のわずかな増加が見られました。これは少数派ではストレスの増加があった可能性を示唆する結果といえます。
ただし、実験研究は数自体が少なくその参加者も少ないため知見が十分ではありません。今後のさらなる研究が必要です。
質的研究
面接調査から得られた質的データの分析からは、「ふつう」という言葉の日常的な使われ方とその心理的影響の一端が明らかにされています。
女子大学生を対象とした研究では、自分が「ふつう」であるという認識は日常場面で感じられることが多く、状況によって安心感をもたらす場合と不安感をもたらす場合があることが示されています。「ふつう」が他者との調和や良好な人間関係をもたらす場合には安心感につながる一方で、他者の目が意識されたり個性の欠如が感じられる状況では自分の「ふつう」が気になり,不安や緊張といったネガティブな心理状態に結びつくことが示されています。
教育相談を訪れた保護者の語りにみられる「ふつう」という言葉を分析した研究では、自分の子どもが「ふつう」でないと捉えることがネガティブな感情や行動につながることが示されています。保護者の考える人並みの「ふつう」にこだわったり他者からの「ふつう」評価にとらわれることがネガティブな感情をもたらし、保護者の高い基準を子どもに強いて「ふつう」を軽視することで子どもへの否定的な対応につながることが示されました。一方で「ふつう」を捉え直し肯定的な価値を置くことが子どもを尊重して関わることにつながっていました。
通所介護を利用する高齢者を対象とした研究では、誰と比較をおこなうかという比較の方向性の視点で分析がおこなわれました。その中では、一般的な他者(同年齢の人々)や身近な他者(周囲にいる人)を対象とした水平比較(自分と同じくらいの人との比較)や下方比較(自分より悪い状態の人との比較)が語られた一方、上方比較(自分より良い状態の人との比較)単体での語りはみられませんでした。上方比較は身近な人との間比較が水平比較との組み合わせで語られていたことと考え合わせれば、準拠集団を移行させて自己高揚感を得ることによって身体機能や健康状態が低下する中で適応的な認知を保っている可能性が示唆されました。
これらの研究からは、「ふつう」は人々にとって自己を認識したり何かを判断する際の基準として働いており、「ふつう」という概念を自分にとって都合よく用いることができているときには個人にとっての適応につながり、他者からの評価や自分にとっての理想的な「ふつう」にこだわってしまうと個人にとっての不適応につながることが示されているといえます。
尺度開発
社会や集団の中で、人々の行動に影響を与える他者の影響を社会的規範と呼び、命令的規範と記述的規範という2つのタイプの規範があることが指摘されています。命令的規範とは人々が賞賛するような望ましい行動あるいは非難するようなしてはならない行動であり、社会における決まりやルール、習慣などがこれにあたります。一方、記述的規範とは多くの人々が実際におこなっている行動であり、その場における行動の典型性によって規定されます。これら2つの社会的規範に対する態度の個人差を測定する心理尺度を開発しました。
記述的/命令的規範志向尺度(Descriptive/Injunctive Norm Preference Scale: DINPS)は、第1因子:記述的規範志向(記述的規範からの逸脱懸念)25項目、第2因子:命令的規範遵守志向(命令的規範への敬意)17項目、第3因子:反因習主義(命令的規範への嫌悪)13項目の3因子構造、合計55項目からなる心理尺度です。3つの下位尺度はそれぞれ高い信頼性(αs>.85)を示し、理論的予測に従って独自性欲求尺度(Snyder & Fromkin,1977)、F尺度(Adornoら,1951)、個人・社会志向性尺度(Ito, 1993)を使用した構成概念妥当性の検討がおこなわれています。
記述的/命令的規範志向尺度(DINPS)は、非営利の学術研究目的に限り自由に使用して構いません。事前許諾は必要としませんが、研究成果を公表する際は出典を必ず明記し、公表先(発表学会、学術論文誌名など)を開発者までご一報ください。